浅草の冬は、今年も静かに深い息をついています。
晴れた日でも風が冷たく、人の姿はまばらで、
ゆっくりとした時間だけが流れているようでした。
そんな朝、店の戸を開けて最初にしたのは、
白檀をひとつまみ、そっと電子香炉にのせること。
ふわりと上がる温かな香りが室内に満ちていくと、
冷えていた空気が少しずつ柔らかくなり、
ここだけ別の季節が訪れたような気持ちになります。
外は静かでも、
香りが立ちのぼる瞬間には、
店がやさしく目を覚ますような気配があるのです。
この冬は、お客様も例年よりずっと少なく、
浅草全体がまだ長い休息の途中にあるようです。
けれど、たまに扉を開けてくださる方が
「この香り、落ち着きますね」と微笑んでくださるだけで、
店内に灯りがともったように感じます。
香りには、空気と心をそっと整える力がある——
そのことを改めて噛みしめた冬でした。
春が近づくころ、
また穏やかな香りをお届けできればと思います。